METROPOLITAN MANDOLIN ORCHESTRA

第22回演奏会

1.日時

 

2011年9月19日(月・祝) 13:30開場 14:00開演

 

2.場所

 

紀尾井ホール

 

3.指揮者

 

小出 雄聖

 

4.曲目

 

○湯浅譲二/エレジイ・哀歌 マンドリン・オーケストラのための

○クロード・ドビュッシー(笹崎譲編曲)/牧神の午後への前奏曲

○ジャン・シベリウス(笹崎譲編曲)/交響曲第4番より第3楽章

○モーリス・ラヴェル(笹崎譲編曲)/弦楽四重奏曲

 

5.楽曲解説

 

湯浅 譲二(1929~)

 

エレジイ・哀歌  マンドリン・オーケストラのための


クロード・ドビュッシー(1862~1918)

 

牧神の午後への前奏曲(1892~1894)

 

フランスの詩人、ステファヌ・マラルメの田園詩「牧神の午後」に寄せて書かれた作品。牧神とは、上半身は人間で下半身は山羊で頭部には角があるという半獣神で、牧畜や家畜の神であり、笛の音を好み、かつ好色であったとされています。

 

詩は、昼下がりに夢と現実の間にまどろんでいる牧神をうたっています。水浴びをしている2人の妖精を見つけた牧神は、2人を追いかけ抱きかかえ、薔薇の茂みに飛び込んで唇を近づけようとしたとき、するりと滑り抜け逃げられてしまう。その悔しさをまぎらわすため淫らな想像を広げようとするも、午後の太陽に照らされ、また夢の中に落ちていく。ドビュッシーは、初演時のパンフレットで「この前奏曲はマラルメの美しい詩のきわめて自由な絵解きである。それはけっして詩の総括を意図したものではない」と語っています。

 

こうしたテキストをイメージするだけで鑑賞ができる作品ですが、その音楽は以前に例がない画期的なものです。冒頭に無伴奏で提示される主要主題による変奏が中心となって進み、展開的部分で示される第2の主題も主要主題の変形と解釈できます。中間部には新しい主題が現れクライマックスを築いたのち、第2の展開部、再現部、結尾と、主要主題を軸に進みます。主要主題は、変奏のたびに毎回違う和声が選ばれています。調性はあいまいで、リズムは切れ切れに変化し、拍節感にも捉えどころがありません。従来のクラシック音楽の作品とは違い、形式感や旋律線よりも和声や音色に主眼をおいていると言えるでしょう。

 

「現代音楽は、牧神の午後への前奏曲とともに目覚めた」と評されることもあるのは、このような革新性によるものなのです。

(2011年8月:記)


ジャン・シベリウス(1865~1957)

 

交響曲第4番より第3楽章 (1911)

 

シベリウスの初期の作品は、ロシア音楽から影響を受けたようなロマンティックな気分と旋律を持った理解しやすい構造による音楽です。しかし、大きな変貌を遂げた後期の作品は、他に比べる作曲家がいないような、独自の音楽の頂点に到達していると思われます。

 

1907年頃より、シベリウスはのどの異常に気づきます。腫瘍が発見され、1908年に摘出手術を何度も受け、ようやく病根の除去に成功しましたが、再発の危険性、言葉を失う可能性、癌の疑いなど、命の危機に直面し、その恐怖が付きまとうようになりました。さらには、酒と葉巻を禁じられた苦しみもあったようです。この頃より彼の作風は一層の内面的深さを増し、形式はより自由に、調性も曖昧となっていきますが、断片的な動機を発展させながら全体を構築していく独自の手法を確立します。

 

交響曲第4番は、まさにこのような作風転換期の作品であり、ドラマチックな部分も持ちながら4つの楽章いずれもが死の影が付きまとうような世界観をもっています。

 

今回演奏する第3楽章は、イル・テンポ・ラルゴの緩徐楽章で、全楽章中もっとも深い絶望に満ちています。シベリウスの葬儀の際、遺言に従って演奏されたのも、この楽章です。

 

音楽は、従来のヨーロッパの音楽とはまったく異なった方法論で作られています。冒頭の断片的なモティーフがさまざまに形を変え、その中から少しずつ主要主題が形作られていきます。主題の全貌が明らかにされた後、次第に消えていきます。編曲者は「動機は彼方からやってきて、一粒の種から植物のように成長して形を成し、変形され、解体され、そして意識の外へと消えていく」と解説しています。

(2011年8月:記)


モーリス・ラヴェル(1875~1937)

 

弦楽四重奏曲 (1902~1903)

 

ラヴェル唯一の弦楽四重奏曲。とても精密な、しかもとても洒落た音楽は、何とも心地よく耳に響きます。しかし、もちろんそれは上っ面だけの浅い音楽ではなく、計算し尽くされた音楽です。編曲の笹崎氏は、「自らに厳しい条件を課して作曲に臨んだのではないか」と指摘しています。

 

たとえば、主要な部分をすべてA音(ラの音)で開始していること。全4楽章とも始まりの音はA音ですし、主要主題のほとんどがA音から始まります。とくに、第3楽章の主調である変ト長調がその音階にA音を含まないにもかかわらず冒頭や主要部分にA音を配していく手腕は、見事というほかありません。さらに、各主題の密接な関係。ほとんどの主題は第1楽章冒頭の主題と関連したものです。にもかかわらず、各主題はそれぞれ異なる強い個性を持ち、曲全体が漫然とした印象になることはありません。

 

このような厳しい前提条件にもかかわらず、全体は整然とした形式で作曲されており、実に鮮やかです。ストラヴィンスキーはラヴェルを「スイスの時計職人」と例えたとされますが、まさにそのことを垣間見るかのようです。

 

また、ほかの特徴として、さまざまな旋法を駆使していることも挙げられます。さらに古典的な和声学では禁則とされる平行和声も多用されています。

 

第1楽章:アレグロ・モデラート。ソナタ形式。夢見るような第1主題と切なげな第2主題を中心に書かれていますが、この2つの主題は実は密接に関連しています。特筆すべきは第2主題。提示部と再現部でまったく同じ音高で旋律を奏し、それぞれに異なる旋法を適応するという珍しい手法をとることで、2箇所ともA音で開始させることに成功しています。

 

第2楽章:アッセ・ヴィフ - トレ・リトメ(十分生き生きと、非常にリズミックに)。三部形式。8分の6(2拍子)と4分の3(3拍子)が交替する、複合化されたスペイン風リズムのスケルツォです。この主題も第1楽章の主題の変形と解釈されます。速度を落とした中間部(トリオ)の主題も第1楽章の主題と関連しています。

 

第3楽章:トレ・ラン(非常にゆるやかに)。三部形式。第2楽章と対照的な緩やかな楽章で、冒頭部分は第1楽章・第2楽章それぞれの主題の変形を組み合わせて作られています。主部はソロ楽器による歌を第1楽章主題の変形が静かに中断する構成。中間部には、感情の揺れが大きい動的な場面が置かれています。

 

第4楽章:ヴィフ・エ・アジテ(生き生きと、興奮して)。ソナタ形式。A音から始まる激しい半音階的動機を全合奏で提示し、8分の5拍子の音楽が始まります。しばらくすると4分の3拍子の優雅な旋律が現れますが、これも第1楽章の主題の変形であり、全曲を通じた一体感を生み出すことに成功しています。それは、同じ素材を用いながらも光の当て方を変え、見る方向によってまったく違う作品に見える彫刻のようです。これら2つの部分の展開と対比で曲は進んでいきます。

 

※第1楽章冒頭の低声部に、F(ファ)-G(ソ)-A(ラ)-B(シ♭)という進行があります。これは、この作品を献呈した師ガブリエル・フォーレ(Faure, GABriel)の文字が、感謝のメッセージとして埋め込まれているのではないか、と編曲者は指摘しています。

(2011年8月:記)